Q8 私は事業継承するつもりですが、M&A業者が来て「売却した方がいい」と言われました。
事業を継承するつもりで同族会社に入社して何年か経過したところ、どこで調べたのかM&A業者が来て、「自社単独でやるよりも、大手に売却した方がいい」と言われ、その後もしつこく勧誘されています。後継者難ということならわかりますが、後継者が決まっているのに、手放せというのは理解できません。
A8 これは、いまひそかに、しかしあちこちで進行している症例です。
後継者が、その自分自身の意思によって、現経営者とよく話し合ったうえで、双方が納得して事業継承すると決めたことに対して、それを覆そうとしているのです。法律に違反しているわけではないですが、当所としては大変問題のある動きだと思っています。
中小企業のM&Aブームで、仲介業者がいちばん儲かるのは、譲渡対価が高額になる案件です。譲渡対価が高くても安くても、1件あたりの案件を仕込んで、条件を出して、交渉を取りまとめて、両者合意に導き、契約に至るという一連のプロセスにかかる手間や時間などには、(少なくともその金額の格差ほどの)大差はありません。
さらに、先に案件があって、買い手を探しに歩くよりも、先に買い手の方から、「あの会社を買えないか?」という形で相談が入った方が、買い手は既に決まっているので、売り手さえ落とせばいいことになります。もしくは、誰がみても優良企業である場合には、案件化さえできれば、買い手を探すことは難しくはありません。たとえば、銀座通りやみゆき通りに面した商業地に売り物件は滅多なことでは表面化しませんが、買いたい需要は極めて旺盛なので、地主に売らせることができれば自動的に高額の手数料が計算できるという構図と同じです。
その際に、あなたの会社が自社単独でこれからも操業を続けた方がいい理由はたくさんあっても、そのようなことには触れず、大手に売却した際のメリットばかりを次々に並べたてるのが常套手段になっています。ファミリーのレガシー、あなたがこれから歩む実業家としてのストーリー、将来に向かって描いている大きな夢、事業を営む家系(Family-business Family)としての連綿たる未来・・・こうしたことには仲介業者は一切興味がありません。
大手傘下に入っても、経営者の地位は保証される契約にするとか、傘下のほうが資金面で事業拡大が容易になるとか、上場企業の信用が得られて従業員のためにもなるとか、スイートナー(甘い蜜)は各種手を変え品を変え用意されています。先方は、あちこちで弾を撃っている(当たりもあれば、はずれもある)ので、回を重ねるごとに巧くなっています。
当所では、こうした望ましからざる売却強要を、「継ぎ剥がし」と呼んで警戒を呼び掛けています。
これも、高率の歩合給を設定して営業員を駆り立てている一部仲介業者が生んだ、モラルハザードといえます。